sakaT’s diary

不登校生徒が増えてきました。フリースクールが人気だとか・・・。学校は生徒にとってつまらないところ。うざいところ。・・・なのでしょうね。

343 ≪人を理解することに全力を注いでください≫

長島慶二君
 今日の道徳では、違う世界を知ることは難しいことですけど、意外に近くにあることを知りました。違う世界は人それぞれが持っていて、考えていることなのですね。だからこそ、その考えを知ることが、その人を知ることになるのではないでしょうか。そして知ることで、仲良くなっていくのだと思います。

 今は受験です。受かった人もいたり、まだ受かっていない人もいると思います。でも立場はみんな同じなんです。北中の生徒もそして他校の生徒も。自分の近くにいる人が苦しんでいる。自分も苦しい。なら、共有した方が軽くなりますよ。両方とも苦しいと知っているんですから。「自分は一人じゃない」この言葉をよく聞きますが、今日で分かった気がします。
 高校に行ったらみんなと会えなくなるかも知れない。でも、この場所でみんなと苦しみを共有し、気持ちが軽くなった事実は残ります。それって何か嬉しいですよね。ただそれだけなんです。やはり身近で自分の中で当たり前になっていることって気づきにくいですよね。やっぱもっとみんなの世界を知りたかったなぁ。

藤田優太君
 障害を抱えた人でも働ける人は働いている。一方で、有名国立大学を出ても社会で働かない人もいる。障害を抱えている人々の方が自分たちの何倍も頑張っていることもある。それでも風評は変わらない。
 現代人は障害を抱えた人を可哀想だという。だが、言うだけで行動を起こさない人が大勢いる。
 本当に障害のある者を分かろうとする人が大勢ならばこんなギスギスした雰囲気に社会はならないはずだ。
 皆が皆、一人一人が理解し合い、何をすべきか気づき、行動することによってより良い環境を作り出せる。だから、俺たち3年1組は、(理解するために)みんなで遊び、笑い合っているのだろうと思う

野森ありすさん
 今日の授業を受けて、心に余裕を持って生活することを心がけていきたいと思いました。自分のことだけで精一杯な自分にはなりたくないと思いました。人がいる数だけ自分とは違う世界があって、それらの世界を共有し合いながら、または受け入れ合いながら人は生きていくものなのかもしれません。私はそう思います
 私自身も、私の世界を共有してくれる、受け入れてくれる人がいるから今があると思いますし、だからこそ楽しいのではないかと思います。今日の授業で使われた作文でも、主人公の僕は、従弟の世界を認め、受け入れていたと思う。大切なのは障害の有無ではなくて、一人の人間の心を感じてあげることだと思った。心を共有し、受け入れることがその人の世界を受け入れることと同じだと思った。

 上の作文は、道徳の授業で書いたものです。電車の中で大きな声で動き回る子ども。誰もが「うるさいな!」と感じていました。主人公の中学生もその一人でしたが、背中にピン留めされているものに気づきました。「この子は障害を抱えています。言葉が理解できません。飛び回ったりすることもありますが・・・・」
  人は様々な考えを持っています。「こうだ!」という決めつけた考えではよりよい社会は構築できません。「様々な考え方を知ろうという気持ちを忘れないこと」がよりよい社会をつくる第一歩なのだと思います。

1 コーヒーカップの取っ手はどちら側に付いているの?

2 100㌘2000円の数の子。では、200㌘はいくらですか?

NHK番組「テストの花道」より。答えは生徒に聞いてください)

沼川西中学校 3年1組だより  №36  平成27年2月5日(木)

※生徒名、学校名は、実名ではありません。

 今年の1月11日から始めたこのブログですが、とうとう掲載しきってしまいました。今までの学級便りを振り返りながら、学校の面白さを伝えてきたつもりです。もう本当に毎日がドラマなんです。そして、「雨降って地固まる」という言葉は、多分学級経営をしている担任のためにある言葉なのだと思います。(色々な事があるから学校は楽しいんです)

 このブログが縁で、沢山の教え子のfacebookを見る事が出来るようにもなりました。海外で活躍する人もいれば、プロ野球選手を目指している人もいます。地元に根を下ろして頑張っている人もいました。学校に直接会いに来てくれた人もいました。

 本当に皆さんに会えて幸せでした。この半年間、ありがとう。これからも皆さんの活躍を楽しみに見守っています。