sakaT’s diary

不登校生徒が増えてきました。フリースクールが人気だとか・・・。学校は生徒にとってつまらないところ。うざいところ。・・・なのでしょうね。

336《心が変われば・・・》

  人の成長とは、何を見て判断することができるのか。身長や体重などの成長もあるが、第二次成長期を迎えた生徒にとって、大人の仲間入りを控えた生徒にとって“真の成長”には、別の意味もあるのではないか・・・。
  合唱祭を控え、一生懸命に歌の練習をしている生徒たちですが、その努力が生徒を、そして、クラスを大きく成長させていると思うのです。結果は二の次だと思えるのです。今回の道徳では、中学生が目指す、または目指して欲しい“人の成長”について考えてみました。

 ある村で、祭りの日に酒盛りをすることになりました。村人たちは、それぞれ徳利にお酒を入れて、用意された大きな樽に入れることにしました。そ
の中に嘉助という男がいました。嘉助は大のお酒好きなもので、家のお酒を持っていくのが少し惜しくなりました。そして、次のように考えたのです。「酒を持っていくのは、もったいない。俺1人ぐらい、酒のかわりに水を持っていっても、わからないんじゃないか?」ということで、お酒のかわりに水を入れた徳利をもっていきました。そして、何食わぬ顔で、大きな樽の中に自分の徳利の水をあけました。
 全員が集まったところで、酒盛りが始まりました。酒が大好きな嘉助は、喜んで樽から酒をついで一口飲んだのですが、途端に顔が真っ赤になってしまいました・・・

 嘉助が口にしたのは、真水だった。村人全員が「自分だけ水を入れても分からないだろう」と思っていたのだ。それを知った嘉助は、顔を真っ赤にして恥ずかしがったのだった。

 普段、こんな経験があるだろう。部活動で、試合に勝っても怒られたり、逆に負けた時でも、なぜか清々しく感じられたりすることがある。中間テストや期末テストでも同じようなことがある。良い点を取ったのに「もっとできたでしょ」と言われたり、逆にあまり点数が伸びなかったのに「よく頑張ったね」と褒められること。
真の人間の成長とは、結果で見えたことで分かるのではなく、心が成長したかどうかなのではないか?

幸田有紀さん
 私は、模造紙を書く時、自分から手伝うことが出来ませんでした。やらなくてはいけないと思っても行動できない自分がいるのだと思います。でも、みんなで歌詞を書くことになり、自分も書けたし、書いている人のそばにいるだけでも2年4組のために自分ができることになっているのなら、私にもできることはまだ沢山あるのではないかと思いました。クラスのためになることを自分から見つけて、自分から行動できるようになりたいです。自分のことだけでなく、みんなのためになることを考えられることは大切だと思いました。このことを考えて一つ一つの積み重ねで私たちの心は成長できるんじゃないかなと思います。

景山聡美さん
 私は、人間の心はすごく大切だと思いました。たまに、冷たい心を持った人もいると思うし、温かい心を持った人も沢山いると思いました。自分でやりたくないことは人に任せて、自分はやらなくてもいいやと思っている人は、まだ心があまり温かくないんじゃないかなと思いました。心の鏡に自分の心が写ったら、私は下を向いていると思います。私は、これから前向きに自分を信じて生きたいなと思いました。
 私は、みんなに迷惑をかけてしまったことがあると思うし、そういうことで悩んでいた時は、他のことが全く頭に入らなくて、ボーッとしてしまって、自分に自信がなくなっていました
 これからは、あと少ししかないけど、みんなと協力してできるクラスの一員として頑張っていきたいです。

宮田奨二君
 僕が今日の道徳で心に残った所は、試合で勝っても怒られて、試合で負けても褒められるという所です。僕もそういう経験はあります。僕の場合は、負けても褒められました。それは、秋季大会の決勝戦でA中学校に延長戦でサヨナラ負け。でも、先生は、よく投げてくれたと褒めてくれました。その期待に応えられるようにこれからも頑張りたいです。

 沼川西中学校     2年4組 学級通信 №31  平成25年10月22(火)

※生徒名、学校名は、実名ではありません。

 人の心は、算数ではありません。1+1=2ができた。だから今日は、3になるように頑張れるはずと思う事は出来ないと思うのです。人の成長は、階段のように伸びていくのではないのでしょうか。上がったと思ったら、次にはどんなに頑張っても伸びない時期がやって来る。でも、努力を続けていれば、またいつかきっと伸びる時がやって来る・・・。それは、見た目の悪い階段になっているかもしれません。でも、努力をし続けるしかないのだと思うのです。

 その努力に誰も気づかないかもしれません。でも、努力し続ける事。これが、あなたの人生になると思うのです。

 宮田君の文にあるように、「よく投げてくれた」と、見ている人がいた時、きっと褒めてくれる。そんなことを期待して努力しているわけではないと思うのですが、私もそんな教師でありたい。

f:id:sakaT:20160730062344j:plain

平成26年度