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sakaT’s diary

不登校生徒が増えてきました。フリースクールが人気だとか・・・。学校は生徒にとってつまらないところ。うざいところ。・・・なのでしょうね。

312《人から見える自分》

 恵子は、上岡慎吾に今度の日曜日にサイクリングに行こうと誘う。しかし、慎吾は「部活動に熱中したい」と断ってしまう。自分の意見を聞いてくれない慎吾に対して、恵子もへそを曲げた。放課後、本好きな恵子は図書委員として活動していたが、何気なくギリシャ神話の本を読んだ。そこには男の背中と女の背中がくっついているアンドロギュノスの話が載っていた。神の怒りを買ったアンドロギュノスは、身体を2つに切り離されてしまう。それが男と女だった。以来、男性が女性を求め、女性は男性を求めているという話だった。

 その話を読んだ恵子は「私は、なぜ上岡君のことが好きなのだろう」と考え始める。
帰宅すると、女友達から電話があった。「生徒会の新聞係に慎吾君が恵子を推薦した」というものだった。恵子は、慎吾が本好きな自分をちゃんと見てくれていたと思い、嬉しくなった。恵子は「何だか、自分が見えてきたみたい。私のことを第一に考えてなんて虫がよすぎるわ」と気づく。

「わたし」は、人と出会う時は、まずまるごと好きになるというふうにしている。例えば、小さな声で話すまきちゃんは気持ちの優しい人で、一緒にいるとこちらまでほのぼのと温かい人間になれるような気がしてくる。しかし一方で、極端に臆病で引っ込み思案だった。ちょっとした失敗にいつまでもくよくよして、どんより暗くなってしまって、どうしようもなく陰気になる。しかし、「わたし」は、まきちゃんの優しさが好きなのだ。陰気な人だからと敬遠して、彼女の優しさまで手放す気はない。まきちゃんが陰気になっているときはそっとしておいた。同情もしない。同情のつもりがおせっかいだったりしかねないから。「完璧な人」というのはこれはまあない。良いところも、嫌なところも持っているのが普通だ。だから、人をどっちの部分で見るか、その見方によって、別人のようにも見える。「わたし」は「まずまるごと好きになる」ことを通して人とつきあうようにした。

Aさん
 「自分はどんな人間か?」と聞かれたら、正直私はマイナス面しか出てこないと思う。協調性がない、無愛想、短気・・・。上げてみればキリがない。それでも私の周りには、私のプラス面を上手く見つけてくれる人が沢山いる。「冷静」とか「優しい」とか、自分ではあまり自覚はないけれど「周りからこう見られているんだなぁ」と思うと少し自信がつくような気がする私も人の短所を見る人間ではなく、長所を見られる人間になりたいです。

B君
 僕は自分のことをあまり好きではない。なぜなら自分で自分のことを考えても長所が出てこないからだ。でも、今日の道徳でそんなことは関係ないことが分かった。自分で長所が見つからなくても、他の人に「優しい」や「責任感がある」などと言われたら自分はそういう人間にならなくてはいけないなと思った自分で自分の壁を作ってはいけないなと思った。だからこれからは自分にもう少し自信を持てたらいいと思った。

Cさん
 私は自分の欠点ばかりに目がいってしまうことがあります。面白いことを言ったりすのは苦手です。でも、クラスには私にはできない面白いことをやってくれる人がいます。人前で発言したりすることも苦手です。でも、クラスには人前で発言してみんなを引っ張っていってくれる人がいます。私にないものを持っているから一緒にいて楽しいんだと思います。だから私も欠点は欠点として受け止めて、自分の良いところ・役目を果たしていきたいと思います。

緑山中学校 3年A組だより 平成20年4月21日(月) №7

※生徒名、学校名は、実名ではありません。

 

 266話《光年の旅》より

 体育大会の翌日から始められた合唱コンクールのクラス練習。あれから1週間が経った頃・・・。
担 任「今日はパート別に練習しようか。まずは、男子が歌って女子は椅子に座って聞いて」
 行儀良く後ろに並び出す男子に、にこにこしながらそれを眺める女子。そして気持ちよさそうに歌い出す男子。なかなか良さそうです。そして最後のフレーズに来た時・・・。
男 子「ラーララ~。かが~~くょ・・・・・?」
女 子「ん?クスクスクス・・・はははは!」
 男子は、最後の最後で音程が取れずに終わってしまいました。ところがそれを女子は温かく支えてくれたのです。(とても温かみのある雰囲気が教室に流れました)

 その後に女子を入れて全員で合唱練習をしましたが、今までで一番いい合唱に聞こえました。ポンコツ自動車のような何とも安定しない動きだしですが、少しずつ3Aらしい歌になっていると思えるのです。

「緑山中学校 3年A組だより №40」(平成20年9月19日(金))

 ※生徒名、学校名は、実名ではありません。

 中学3年生にもなると、「自分たちで何とかする」っていう気持ちが強く出てくるようになります。そして、それに付随して、「女子は女子らしく、男子は男子らしく」という気持ちがあったように思います。
 世の中では、ジェンダーフリーが良きにつけ悪しきにつけ話題になった時期がありました。その中で、私は「らしく」という言葉を大切に活用してきました。「男子らしく」「女子らしく」を意識し、使っていました。
 最近、私は車の中で、湘南乃風が歌う「純恋歌」を聴いています。男が出す相手を想うせつなさと不器用さが伝わってくる歌で大好きです。

目を閉じれば億千の星 一番光るお前がい
初めて一途になれたよ 夜空へ響け愛のうた
大親友の彼女の連れ おししいパスタ作ったお前 
家庭的な女がタイプの俺 一目惚れ
大貧民負けてマジ切れ それを見て笑って楽しいねって
優しい笑顔にまた癒やされて ベタ惚れ
目を閉じれば億千の星 一番光るお前がいる・・・・

 ジェンダーフリーについては、行きすぎた議論が行わた時期がありましたが、その時は、男だ女だと言う理由だけで、できるできないという議論にはならないんだと言われていました。
 その時、私は「湘南乃風が歌う純恋歌を女性が歌っても感動する歌になるのかなぁ」と、思っていました。
 学級を見渡せば、掃除中に男女が一緒に机や椅子を運んでいます。また、給食準備中には、当番ということで重い大食缶を運んでくる男子や女子がいます・・・・・。
 でも、それはおかしいと思います。(私だけでしょうか?)
重い机をさりげなく運ぶのが男子の役目。女子は、「ありがとう」という気持ちを持ちながら、机を拭いたり、掲示物を直したり、運ばれた机をきちんと並べたりする。また、女子より先に行き、男子が大食缶を持っていく。その代わりに、女子は持っていってない物がないかきちんと見てくる・・・・。
 これは、私のクラスの生徒達が、どの年度のクラスでもしていた様子です。
 でも、男子だからとか、女子だからこうしなさいと指導したことは1度もありません。私は、ジェンダーフリーが一番嫌う「女子は女子らしく」「男子は男子らしく」そして、「自分らしく」という意味を考えなさいと、様々な場面でニュアンスのようなおぼろげなメッセージとして伝えていただけです。
 純恋歌は、不器用な男子が歌うから胸を打つ名曲だと思います。純恋歌を聴いた男女の両者がお互いの気持ちを理解することのできる素晴らしい曲だと思います。
 私は、266話にあるように、男子の練習を温かく見守ってくれた女子があの場の雰囲気を作ってくれたと思っています。その雰囲気の中、男子が落ち着いて練習することが出来たと思うのです。理屈ではない。説明出来ないものが男子と女子にはあると学級経営を通して感じています。
 追伸、それは多分、性別という問題ではなく、そう考えて行動しているかどうかということなのでしょう。。性同一性障害の人でも、必ずどちらかの気持ちになって考えているはずです。「僕は(性別で言うところの)男だから」とか、「私は(性別で言うところの)女だから」という狭い意味ではないと言うことも付け加えておきます。

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平成20年度 3年A組 体育祭の1シーン