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sakaT’s diary

不登校生徒が増えてきました。フリースクールが人気だとか・・・。学校は生徒にとってつまらないところ。うざいところ。・・・なのでしょうね。

304《常識が常識になるために》

第17章 「道徳編」

《資料1》
 車が来ない道路がある。信号は赤だが数人の大人が構わず横断を始めた。そこへ大きな声。幼稚園くらいの息子と一緒に信号待ちをしていた男性である。「そこの人たち、恥ずかしくないんですか。小さな子の前で信号を無視して」渡っていた人たちは一瞬ぎくりとしたようだった。しかし、そのまま歩き続け、散っていった。
 山形県の男性から投書。数人の年配者と共に電車に乗った。車内は30人ほどの小学生で満員だったが、一斉に立ち上がって「どうぞどうぞ」と大人たちに席を譲った。「ありがとう」とともに会話が進んだ。終点に着き、子どもたちはホームに整列した。引率の若い先生が「まだ待ちましょう。迷惑にならないよう乗客のみなさんがホームを出てから出発しましょう」と教えていた。
 大人たちがきちんとしていれば、子どももきちんと振る舞う。どこにもある話かもしれないが、確かに気持ちがいい。

《資料2》
 本欄で先日、赤信号で渡った人たちが、幼い息子を連れた男性に「恥ずかしくないんですか」と声をかけられた光景を紹介した。かなりの投書が届いた。渡る輩(やから)はけしからん、との意見もあったが、目立ったのは「赤信号でも待たない人」の次のような考え方だ。①信号はあくまで自分の判断の「参考」だ。赤でも己の責任で渡ればいい②「ルールを守ることは社会生活の基本であり、大切だ。しかし、ルールに頼りすぎることは、自分で考える機会を奪う危険をはらんでいる。③幼稚園児にも「赤で渡るときは、青のとき以上によく見て渡る」と教えればいい。「みんなで」渡ったり渡らなかったりという習性が一番よろしくない。著者がうなずいた意見。〈幼い子の前では渡らないというのは、その人の価値判断でしょう。でも、渡る人が悪いともいえない。渡った人の行動をどう解釈して子どもに伝えるかが、親の腕の見せ所です。子どもが一時混乱しても結局は教訓になる〉朝日新聞天声人語より】
三池 綾さん
 「判断するのが大人」と聞いて私はア~ネと思った。最近、いや前から親の言うこと、勉強のこと、私生活のことなど色々、親が言うことに対し、「またかよ~」とか「うるさいなぁ」としか思わなくて、同じことを何十回も言われていた。そして、最後に「だから子どもなのよ」とよく言われた。今まで「どうせ、子どもですよ」と開き直っていたが、最近は「何で私は子どもなんだろう~?」と思うようになり、そして今日分かった。
 確かに私は最近周りの私より上の方々の意見に耳を貸さず、自己流になることが多い。だから、テストの点が伸びないのだと思う。また、とっさの判断力、いざというときの判断力、私生活の中での必要な判断力は常に遅い。遅すぎる!!!
 判断するのが大人っていうのはその通りだ。いざって時の判断はやはり母はすごい!私にとって必要なことは、人の意見に耳を傾け、そして判断力を身に付け、そして大人に近づいていくことだと思う。

福富 美崎さん
 私は赤信号で待つことの方が多い。車が全然来てなくても、何となく渡るのは嫌だった。でも、渡る時もあって、そのときは急いでいるときや、周りの人たちが渡っている時などだ。「子は親を写す鏡」では、赤信号で渡っている人が悪者?って感じだったけど、「赤信号論争」では、赤信号でも待たない人の考えを読んで「ああ、そうだなぁ」と思った。「渡る輩はけしからん」という投書は、ルール的には正しいと思うけど、何か固い。赤信号で渡ることはいいことだ、なんて思わないし、わざわざ赤信号で渡ろうとも思わないけど、待たない人の投書の「あくまで、自分の判断の『参考』だ」とか読むと、待たない人の方が説得力がある気がしてくる。

関田美紅さん
 「最初に大人がきちんとしていれば、子どももきちんとする」と書いてありました。私は当たっていることだと思いました。子どもは、大人のやっていることは全て正しいと思っているからです。だから、間違ったことを教えてしまえば、子どもが大人になって同じことを繰り返してしまいます。その繰り返しは、ずっと続いていってしまうと思います。そんな意味からも私は、いろいろなマナーを守って行きたいと考えています。

緑山中学校 3年A組だより 平成16年12月21日(火) №29

※生徒名、学校名は、実名ではありません

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 平成16年度修学旅行 村沢至君と平安神宮で記念写真

 授業で扱う資料は、道徳の内容項目と照らし合わせて選ぶ必要があります。しかし、資料は、生徒と担任が興味を引くものである必要があります。なので、資料収集は、普段見ているテレビ番組だったり、新聞記事であったり、または、本屋さんで立ち読みしたり・・・・。「あ!これは!」と、ピピッと来た資料を使うことを心がけました。だって。

 だって、こんなに真剣に生徒は考えてくれるんですもの。食いついてくれる資料選びも楽しいものでした。最近は、綾小路きみまろさんの漫談を扱えないか検討中です・・・。