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sakaT’s diary

不登校生徒が増えてきました。フリースクールが人気だとか・・・。学校は生徒にとってつまらないところ。うざいところ。・・・なのでしょうね。

《番外編 最近の出来事2》

過日、板倉完治君(26年度の生徒)が、私を訪ねてきました。「自動車の整備士になりたい」という夢を持って、わざわざ県外の高校に進学した生徒です。実は、完君治が退学したという情報を得ていて、心配していた教え子なのです。
 あんなに自動車の整備士になろうと考えていた生徒が退学するくらいなのだから、よっぽどのことがあったのだろうとは思っていましたが、メールの返信がない完治君に私の不安は膨らんでいました・・・。
 「こんにちは!」と教室に入ってきた完治君は、ガソリンスタンドのつなぎを着ていて、何となく凛々しい印象を持ちました。
 完治君は、退学した経緯と桜井に納得してもらえるような説明ができるまで来なかったという話をしました。
「辞めたくなかったけど」と言いながら、でも、自分の夢の実現はあきらめていないことを話してくれました。涙も見えるような真剣に話をする完治君に私は逢えました。
 そんな真剣な完治君に対して、私は、笑いながら話をしました。それを見た完治君は・・・・。
 それを見た完治君は、満面の笑顔でした。彼の本当の笑顔を見せてくれました。
 私と完治君にしか分からない心の中のことですから、笑って応える桜井の気持ちも、そしてそれを見て笑う完治君の気持ちも読者には分らないかもしれません。でも、これが桜井と桜井の教え子の関係なのです。
 私は次のような話をしました。「A高校に入ることが夢じゃないもんな。自動車整備士になることがお前の夢だもんな。それを考えて出したお前の考えがこの道なんだろ。よく分かるよ。お前が選んだ道(退学)は当たり前だ。間違ってないじゃないか」

 私は、浪人生活と大学生活の6年間の学費、生活費、交通費等を全てアルバイトで捻出しました。本当に苦しかったです。毎日何のために生きているのか分からなくなるくらい辛かった。本当に未来があるのだろうかと思うくらいの不安しかありませんでした。大学だって政経学部で東京の私立大学です。本当に故郷で教鞭をとれるのか・・・。何の保証もない状況での、押しつぶされそうなアルバイト生活でした。でも、奇跡と思うくらいの確率と運で、大学卒業と同時に出身県の教員に採用されました。しかし、教員になっても5年くらいは、アルバイトで苦しむ夢を見ました。高校卒業後、大学入試に失敗したら専門学校に入って、一般企業に就職すると親には話していたのですが、どうしても教員になる夢を捨て切る事ができませんでした。泣きながら、自分で全てやるので挑戦させてくれと懇願して東京に出てきたんです。浪人生活もあれば、留年もしました。もうボロボロです。
 でも、奇跡で教員になれた。神様のお陰ではありません。たまたま、本当にたまたま教員になれたのだと思っています。
 そんな私ですが、先輩の教員から言われることがあります。「君は楽しんでいる」と。こんな私ですが、生徒たちから言われることがあります。「いつも笑っている」と。そんなに不真面目に見えるのかなと思ってしまうくらい言われます。
 私は、心の底から教員になれてよかったと思います。こんなに多くの生徒たちと出会えて、私の人生はすばらしいものになりました。そんな教員生活によってアルバイトで苦しんだ日々が私の心の中からは完全になくなっています。それが顔に出ているのかもしれません。
 しかし、アルバイトをして苦しんだから教員になれたのではないです。たまたまなれたのです。でも、あのアルバイト生活をしたことは、絶対に私の人生に影響しています。でも、それもたまたまです。苦しい経験が教員になってから生きると思って自ら苦しむ道を選んだ訳でもありません。でも、今の私に活かされている。
 世の中に、将来どうなるかなど、正確に予想できる人はいませんが、振り返ってみるとあの経験が生かされていると思うことがあります。
 後で人生を振り返った時、「これが俺(私)の人生だ」と言えればいいんじゃないかと思います。何かに向かっているという実感。それがあればいい。
 でも、引き際も大事だと思います。「ここまではやってみる」といういさぎよさ。それは逃げではありません。逆に本気度を高める方法です。後で振り返った時に後悔しない方法です。逃げずに「この日まで」頑張る。これが大事だと思います。
 逃げずに「この日まで」頑張る。その日まで全力でやりなさい。そうすれば、悔いはきっと残らないから。
 私は、教員採用試験に受かっていなかったら、内定の決まっていた出版会社に就職していました。一生懸命していれば神様が助けてくれるのではなく、一生懸命していれば、後悔しない人生が送れ、素敵な人生になるのだと思います。完治君は、退学が正解かは分かりません。でも、20年後、30年後にこの出来事を振り返った時、きっと胸を張って良い人生だと言ってくれると思います。
「あんなに泣き虫だった子が」と思いながら、一生懸命に話す完治君を見ていたら、いつの間にか満面の笑みをこぼしていた桜井でした。

※生徒名、学校名は、実名ではありません。

 


青春貴族 中村雅俊 「われら青春」挿入歌

こんな古い歌も生徒達は共感するんですよ。詩がいいんでしょうね!